自分にとって60点でも、他の誰かにとっては80点かもしれない。
でも、自分が100点だと思っても、誰かにとっては60点かもしれない。
そして、「完璧主義より完了主義」と言うけど、自分にとっての「完了」は、他の人からしたら「未完了」かもしれない。
こうしたズレに気づいたとき、少し考え込んでしまいました。
この記事では、その思考整理として「こだわりすぎ」についてまとめてみたいと思います。
もし完璧主義にとらわれているのなら、役に立つかもしれません。
完璧主義より完了主義、でもそれも曖昧
「完璧主義より完了主義を目指せ」と、どこかで聞いたことがある人もいるかもしれません。
満点を目指すのではなく、合格点や及第点を目指して「まずは完成させる」という考え方です。
確かに、100点を目指して立ち止まるより、早く完了させて進むほうがいい。
これは感覚的にも納得できます。
ただ、ここで「完了って、誰の基準で決めるの?」という疑問が出てきます。
自分が「よし、完成!」と思っても、それはあくまで主観です。
逆に、自分の中ではまだ50点でも、他人にとっては十分かもしれない。
つまり、完璧主義と完了主義のどちらも、自分の基準に依存しているということです。
ここが少しモヤっとするポイントでした。
評価はコントロールできない
ここで一度、考えを分けてみました。
「自分が決められること」と「決められないこと」です。
自分が決められるのは、
- どのレベルまで作り込むか
- どのタイミングで出すか
までです。
一方で、次の点はコントロールできません。
- それが何点か
- どう評価されるか
この切り分けをしたとき、少し楽になりました。
ちゃんと形になっていればいい
そこで出てきたのが、「ちゃんと形になっていればいい」という考えです。
記事を書く場合なら、以下のレベルにあればOKと判断します。
- 読めば理解できる
- 意図は伝わる
- 明らかな欠陥はない
「自分が納得できるか」ではなく、「役割を果たしているか」ですね。
ここまで来ていれば、100点でなくても「完了」としていい。
そう考えると、手を離しやすくなります。
出してみないと分からない
もうひとつ大きかったのが、「出してみないと分からない」という視点です。
どれだけ自分の中で整えても、受け取り手がどう感じるかは、実際に出してみないと見えません。
つまり、この関係です。
- 自分の中の点数は「仮説」
- 他人の反応は「検証」
ずっと磨き続けると、仮説だけが増えていきます。
一度出すと、検証が始まります。
この違いはかなり大きいと感じました。
結論:完璧を捨てるのではなく、判断のタイミングをずらす
最終的にしっくりきたのは、こういう考えでした。
「完璧を目指すのをやめるのではなく、完璧に近づけるタイミングを後ろにずらす」
まずは、機能する形で出す。
そのあと、必要なら改善する。
この流れなら、こだわりたい気持ちも活かしつつ、止まらずに進めます。
まとめ
ということで、この記事も「とりあえず完了した状態」で出してみることにしました。
とはいえ、雑な終わり方ではあまりに不親切すぎるとも思うので、最後に内容をまとめておきます。
- 自分の評価と他者の評価は一致しない
- 完璧も完了も、自分の主観に依存している
- だから「役割を果たしいるか」で区切りをつける
- まずは出してみてから、あとで調整する
少しでも、完璧主義に苦しんでいる人のヒントになればうれしいです。

